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 2017年11月21日(火) 18:48 JST

台湾科学技術協会:郭茂林先生特輯発表記念演講會

  • 2010年8月 7日(土) 12:20 JST
  • 投稿者:
    Admin
ビジネス

   8月7日、台湾科学技術協会の郭茂林先生特輯発表記念演講會が、東京・市ヶ谷の「アルカディア市ヶ谷」で行われ、約90名の参加があり、台湾、日本の多くの関係者で賑わった。

 

   為表彰開創日本超高層大樓(摩天樓)時代的台灣旅日建築家郭茂林的功績,台灣科學技術學會於8月7日(六)郭先生的89歳生日,在東京阿卡狄亞市ヶ谷(私學會館)舉辦「郭茂林先生特輯発表記念演講會」。


郭茂林先生


台湾科学技術協会・林敬三理事長

 



台湾科学技術協会の林敬三理事長が最初に挨拶にたち、本講演会の意義について語った。その後、来賓として台北駐日経済文化代表処の馮寄台代表が挨拶に立つ予定だったが、都合で出席できなかったため、代理で同じ代表処の科技部長・蔡明達氏が挨拶に立った。さらにもう1人の来賓である呉譲治建築文教基金会の呉譲治氏が挨拶に立ち、久しぶりの日本訪問であることを、きれいな日本語で語った。1959年に苦学生として日本に来た呉氏は、郭先生に何度か食事をご馳走になり、郭先生のようになれたら、ということを思った懐かしい思い出を語った。


馮寄台代表の代理として挨拶に立った代表処・科技部長:蔡明達氏


呉譲治建築文教基金会の呉譲治氏

その後、郭先生が日本当統治時代の学生の時代からの歴史を綴ったドキュメンタリー「巨塔の男 - 郭茂林」が上映された。台湾人の優れた建築家として日本で郭先生が活躍するまでを描いた物語だ。郭先生には、学生時代から多くの台湾人、日本人の優れた師があり、郭先生はその師のもとで、さまざまな勉強をしてきたこと、他の設計者のまとめ役となって霞ヶ関ビルを設計したときのこと、浜松町の世界貿易センタービルを設計したときのこと、新宿副都心の超高層ビル街の構想・設計、池袋のサンシャインシティの構想・設計をしたことなどが語られ、非常に興味深い映像の数々が披露された。「巨塔の~」とは、日本ではじめての超高層建築となった霞ヶ関ビル、そして、その後郭先生が手がけた多くの超高層建築のことを指す。東京のほとんどの有名な超高層建築のほとんどに、郭先生は深く関わってきた。もちろん、台湾にある多くの超高層、高層、低層の建築にも多く郭先生がかかわっており、その映像や関係者の証言も大変に興味深いドキュメンタリーだった。


講演者:台湾原住民族との交流会を主催する、高岡法科大学教授 千々岩力氏

現在の台北駐日経済文化代表処の建物の設計も、郭先生の手になるものだ。このとき亜東関係協会に出向して、台湾政府側からこの建築にかかわったのが、現在代表処の横浜分処の所長(9月半ばに亜東協会に転任予定)の黄明朗氏だ。このときは建築が始まってから江戸時代の遺跡や井戸が地下に発見されるなどがあり、施工から完成まで実に2年以上の年月がかかった、という。

特別講演は、郭先生の恩師に当たる千々岩助太郎氏のご子息である高岡法科大学教授で、台湾原住民との交流会を主催する千々岩力教授の「台湾原原住民族との交流からの展開」と題した講演で、台湾の原住民と日本との交流と、学術研究について語った。高砂族などよく知られた台湾の少数民族の名称の成り立ち、「首狩り族」の誤解、「刺青」の話など、非常に興味深いお話を伺えた。

講演が終了すると、郭茂林先生ご自身のご挨拶があった。90歳になるという先生だが、時間を超過するほど元気に思い出話を語った。参加者はその興味深い話に聞き入った。

郭先生は自身の挨拶の中でも、また映画の中のインタビューでも「ぼくは一人ではなにもできない。専門の人たちの力をまとめただけなんだ」とよく繰り返している。なによりも先生ご本人にそう言わせるその人柄、そして優れた理解力と表現力が、建築家としての郭先生に、巨大なプロジェクトを引っ張るちからを与えた。郭先生には、巨大プロジェクトの中心となる人間の人格がいかにあるべきか、ということを見ることができる。郭先生は戦後の高度成長期の建築家として、日本、台湾という国の国民性に非常によく合った、優れたリーダーであり続けた。

郭先生のおご挨拶に続き、制作中の映画「映画郭茂林」の一部が上映され、その監督をした酒井充子氏が挨拶した。


制作中の映画「映画郭茂林」監督の酒井充子氏

午後からは、会に参加した方々での懇親会が行われた。

為表彰開創日本超高層大樓(摩天樓)時代的台灣旅日建築家郭茂林的功績,台灣科學技術學會於8月7日(六)郭先生的89歳生日,在東京阿卡狄亞市ヶ谷(私學會館)舉辦「郭茂林先生特輯発表記念演講會」。

本次演講會由台灣科學技術學會理事長林敬三教授與周東修平建築師分別擔任主持。與會來賓因駐日經濟代表處馮寄台代表因事返國由科技部蔡明達先生代表與吳讓治教授前後致詞。
 
郭茂林先生(Kaku Mo-rin, KMG事務所創辦人),台灣台北人,1921年出生於日本統治時代,就讀於台北工業學校(戰後台北工專、今國立台北科技大學),在學期間成績表現突出,當時的老師岩助太郎,認為郭茂林是不可多得的人才;在郭茂林畢業後,安排推薦郭茂林到當時稱為內地的日本,經由日本鐵道省的勤務後、在東京大學建築科擔任助手。
 
在戰後的日本,建築技術不斷地進步、有好的土地條件以及為了要實現夢想的人才的配合之下,可謂是天時、地利、人和。郭茂林擔任起負責設計日本東京「霞ヶ関ビル」,在1960年代是全日本第一高樓,也是戰後日本建築工程技術之代表作之一。除此之外,他還設計了「世界貿易センター」,池袋「サンシャイン60」,京王プラザホテル,等東京知名地標。在日本有「巨塔之男」之美譽。可以說,郭茂林建築師所突破了戰後日本高層建築法規。
 
郭茂林先生並沒有忘記他出身的台灣,他貢獻所學,將日本的高層建築技術帶回台灣。台灣的第一棟超高層建築「第一商業銀行大樓,及「台灣電力公司大樓」,「信義副都心計画」,「國泰人壽大樓」,「新光人壽大樓」等,均為郭先生的精心傑作。
 
演講會中,郭茂林先生受千千岩助太郎博士栽培,終生感念恩師的提攜,一直與千千岩家族保持往來。千千岩助太郎博士的四公子千千岩力博士(高岡法科大學法學教授)也應邀出席特別發表「從與台灣原住民的交流展開」的講演。
 
還有,電影「台灣人生」的導演酒井充子也應邀出席致詞,並發表正在籌拍90歳‧台湾人建築家の今「郭茂林」的電影紀錄片,預計明年上映。
 

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