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 2017年11月21日(火) 18:50 JST

「日本は大丈夫です」。台湾旅館業の組合の理事長「徐銀樹」氏が来日

  • 2011年4月 2日(土) 12:33 JST
  • 投稿者:
    Admin


中華民国旅館商業同業公会全国聯合会理事長・徐銀樹氏

 2011年3月28日から4月2日まで、中華民国旅館商業同業公会全国聯合会の理事長、徐銀樹氏が日本を訪れた。徐理事長の今回の来日の目的は、東日本大震災とその後に起こった大津波、そして原子力発電所の放射能漏れなどで揺れている宮城県、福島県、茨城県の現状を調べ、本国の観光諸団体へ報告するだけではなく、日本の現地の同業者を訪れ、その復興に力を貸したい、との思いで、いてもたってもいられなくなっての来日だという。台湾新聞社は徐氏の帰国直前のお時間をいただき、インタビューを行った。


(左)參與捐款給東京都旅館公會今井明男理事長
(右)拜會全日本旅館公會,關懷東日本旅館業
左から:
全日本旅館公會事務局長清沢正仁氏
東京都旅館公會副理事長小坂勝美氏
全日本旅館公會會長佐藤信幸氏
今回来日した台灣全聯會理事長徐銀樹氏
東京都旅館公會理事長今井明男氏
新瀉縣旅館公會理事長野澤幸司氏



(左)接受福島縣災害對策本部輻射線檢查
(右)左から:日本觀光協會理事長吉田正嗣氏/台灣全聯會理事長徐銀樹氏/日本觀光協會國際事業大島正敬氏


左から:日本旅行業協會綜合企画部長米谷寬美氏
日本旅行業協會事務局長長谷川和芳氏
日本旅行業協會會長金井耿氏
今回来日した台灣全聯會理事長徐銀樹氏
日本旅行業協會理事長柴田耕介氏

 



 その徐理事長の言葉通り、28日に来日したその足で翌29日には日本の同業者に頼み東京から北に向けて出発、すぐに現地に入った。小名浜、勿来(なこそ:福島県)など、放射能汚染も心配される地域も自ら訪れ、現地の様子や同業者の様子などもその足で回って調べた。また、日本の旅館業の組合のいくつかに、自ら義援金を手渡した。また、観光協会をはじめ、日本のほとんどの観光関連団体も回ったとのこと。
 
 世界に脅威を与えた福島原発の大規模な放射能漏れの事故のため、東京だけではなく、全く関係の無いはずの沖縄なども含め、いま日本には世界の観光客が寄り付かなくなっている。そのため、ホテル・旅館などの窮状は察するに余りある、と言われる状態だ。徐理事長はその現地に赴き、現地の人たちを励まし、自ら台湾から持ってきたミネラルウォーターを配りながら各地を回った。そして確信したことがいくつもあるという。
 
 まず「日本は大丈夫だ」、ということ。半年で戻るでしょう、と徐理事長は言う。東京は問題なことは言うに及ばず、立ち入り禁止の区域の外であれば、放射能汚染は心配することはない、ということ。自らが行ってきた地域から出るときの放射能スクリーニング票を見せていただいた。そこには「放射能汚染なし」とある。さらに、帰国したらこのことを必ず台湾の政府に報告するのみならず、4月半ばには日本の観光施設は問題がない、ということをPRするという。さらに、今年10月には40人以上の台湾のホテル・旅館業の組合のメンバーを連れて、これらの地域を行脚するツァーを計画する、とのこと。
 
 徐銀樹氏は1957年生まれ。1981年から86年に台湾からの留学生として亜細亜大学に留学。経営管理を学び、86年から88年には日本大学の大学院で労務管理を学んだ。今は台北で二件のホテル「東京国際飯店」「京都商務旅館」を経営する傍ら、台湾の各地の大学で教鞭をとり、台湾、台北の旅館業の協会の役員を努め、この3月に中華民国旅館商業同業公会全国聯合会の理事長になったとのこと(前職は副理事長)。東京に留学していた学生のとき、やはり東京に留学していた台湾人の女性と東京で結婚。新宿区役所に婚姻届を出しに行った、という。その徐氏の経営するホテルの名前からもわかるように、大の親日家だ。
 
 徐さんは言う。「災害に会った直後は、みんな暗くうなだれているのは、あたりまえです。悲しいことがたくさんあったのだから。でも、そういうときに遠くからではなく、近くに来て話をしてくれる人がいる、ということが、なんとありがたいことか。私はそう思うから、こうやって日本に来て、現地に行って、話しかけるのです。そして明るい気持ちを届けてあげることが必要です。私はそのために日本に来ました」。
 「私は大学院を出てから、日本の製造メーカーに勤務し、勿来の工場に行きました。その工場がどうなっているか、その工場の人は今どうしているか。私はそれも知りたかった」「台湾も2003年のSaas騒ぎのとき、旅館業も大変でした。私は日本と日本人に大きな恩と親しみを感じます。苦しいときはお互い様。共存共栄をすることが本当に大切です」
 
 また、徐さんは日本人はもっと胸を張って「日本は大丈夫です」というメッセージを世界にちゃんと発信することが必要です、とも言った。そのために「自粛」などということは言わず、多くの大きな催事を元気に行うべきだ、と。
 
 終始にこやかな笑顔を絶やさず、ときには厳しい表情も見せながら、徐さんの言葉のひとつひとつが、心に響くのを感じた。インタビューを終えて外に出ると、少し暖かくなった空気と薄曇りの空のあいだに、一分咲きの桜の花が薄いピンク色に色付いていた。徐さんの「日本は大丈夫です」という言葉を思い出した。
 

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