台北のランドマーク・台北「圓山大飯店」

台北の高級ホテルといえばまず思い浮かぶのがこのホテル。「圓山大飯店」だ。

その豪華な中華世界そのものの外観と内装は、このホテルそのものを「観光地」としても有名にしている。台北のランドマークの1つだ。部屋数は487。そのどれもが天井が高い、中華風の内装だ。

 

 

 1901年、日本統治時代にこの場所に「台湾神宮」ができた。台湾神宮は台湾の総鎮守として、当時の日本政府として台湾で最も重要な神社とされた。毎年10月28日には「台湾神社祭」が行われ、この日を台湾全土の休日としていた。戦争が終る直前の1944年、この神社に旅客機が墜落。ほとんどの建物が消失した。1945年、日本敗戦。台湾にあるすべての神社が廃止され、その跡地に「台湾ホテル(台湾大飯店)」が建てられた。このホテルを建てたのは、蒋介石婦人の宋美齢。その当時は無許可で建てられたらしい、と言われていた。その後、1952年、そのホテルが大改築され、現在の圓山大飯店となった。そのため経営は宋美鈴の一族で行われ「宋美齢のホテル」という名前が今にも残る。1968年には米国の雑誌で「世界十大ホテル」として賞賛され、世界中から多くの観光客が集まるようになった。同ホテルはチャイナエアラインの機内食や空港のレストランの経営も手がけた。

1973年には14階建てのメインホールが完成し、現在の形となったが、1995年の屋根の改修工事中に失火により12階以上が焼失。一時営業を止めていた。改修は1998年までかかったが、改修後営業再開し、現在に至っている。この年、経営は財団法人に移り、圓山大飯店の経営は宋美齢一族の手から離れた。なお、宋美齢氏は蒋介石の死後米国に渡り、2003年に米国で106歳の生涯を終えている。最後に台湾に帰ってきたのは1995年。

開業当初は「中華民国一のホテル」のプライドから、従業員は英語も日本語も使わないでサービスを行うことが徹底されたが、最近はもちろん、英語、日本語のサービスを受けることができる。また、日本人には特に来てほしいとのことで、日本語のサービスは特に充実している。

 実際にこのホテルに泊まってみると、建物そのものの歴史の深さを感じる。広々としたベランダに出ると、台北市内を一望できる。山の上に建っているホテルであるため、低層階に泊まっていてもこの眺望はほとんど変わらない。部屋は広いだけではなく、天井が非常に高く、そこに泊まって寝ていると、自分が特別の人間になったような、不思議な感覚がある。インターネットの接続などの近代設備はもちろんのこと、ホテルのサービスも一流だ。

 しかし、宿泊料は普通の部屋であれば、台湾元で5千元くらいからなので、5ツ星のホテルとしてはそんなに高いとは感じない。リーズナブルな価格のホテルでもあるのだ(もちろん、高級な部屋はそれなりに高い料金になる)。

 現在でも台湾の政府関係者、実業界の大物などが行うパーティなどはほとんどこのホテルで行われる。ある意味、政治的色彩の濃い歴史を持つホテルでもある。


12階にある大宴会場。1200人のキャパシティがある。

 また、このホテルの地下には、当時の蒋介石総統時代に総統が作った、長さ180mに及ぶ「トンネル」があることでも知られている。このトンネルはホテルから剣潭公園と北安公園、松山空港につながっているが、現在は非常時の防空避難通路として使われており、前日まで申し込めば有料で一般公開もされているという(なお、中国の新聞でも紹介されておりこのトンネルを写真つきで紹介したBLOGもある)。

 台北のランドマークに宿泊し、その中国の宮殿の世界を満喫することは、台湾をよく知らない観光客にとっては、台湾を本当に知りたくなる第一歩となるかもしれない。言葉ではなく、感覚で「台湾へようこそ」と、このホテル全体が言っているかのうようだ。第二次大戦後の60年という時間になにが起きたか。そのエッセンスがこのホテルには詰め込まれている。

 台湾に来たからには台湾を知り、感じるために一度は泊まってみたい。圓山大飯店はそんなホテルだ。

台湾新聞 Business Exchange: 台北のランドマーク・台北「圓山大飯店」
http://taiwannp.mita.minato.tokyo.jp/article.php/2010100614141539